「ワークライフバランス」とは「仕事と生活の調和」を意味する言葉です。企業間競争や成果主義の中で過剰労務や業務期限がタイトであることなどから我々はついつい仕事中毒(ワーカホリック)になりがちで私生活を仕事の犠牲にしてしまいがちです。この結果としてうつ病を中心とした精神疾患や身体疾患の3大疾病(脳卒中、急性心筋梗塞、癌)を発症する場合もあり、職場や上司からのラインケアだけではなく自己管理(セルフケア)も非常に重要になってきます。結果的に数年間のハードな勤務をしてその後休職や入院でリタイアしてしまうより、仕事と私生活のバランスを確保しながら長期にわたり安定した業務成績を維持する方が個人にとっても企業にとっても損失は少ないという考え方です。またこの言葉は女性の社会参画においてもよく使われており、「仕事・家事・育児・家庭・個人」のバランスを確保しながら、より良い充実した人生を送ることが心身共に健康を維持していく秘訣であり、女性にとってはアンチエージングにも関わる重要な問題でしょう。このような考え方が社会全体に浸透し個々のメンタルヘルスに寄与できればうつや不安や不眠に悩む人も減っていくのでしょうが、現実的には厳しい社会問題も多くまだまだ心療内科や精神科の医療機関の社会的に果たす役割は大きいと感じています。以前にマガジンハウスの雑誌編集長だった石川次郎さんが「自分は遊ぶために仕事をしている」と言った番組を見たことがあり、フランス人が夏に長期にバカンスを取るのと同様に非常に西洋人的な自由な発想だと納得した事を覚えています。

ページの先頭へ移動

就労者が何らかの理由でメンタル不全に陥ってしまい生活上の苦痛や勤務における苦痛を抱えたことで本来の健康な心身状態を維持できず心療内科や精神科を受診することが多いと思います。この中で外来受診から休職に至るケースは精神科主治医から見て精神医学的に勤務継続が困難であると判定した場合ですが、必ずしもすべての患者さんが最初から休職したいと思っているわけではありません。自己限界まで努力されてこれ以上頑張れないという状態で受診された患者さんが自ら休職を希望されてもこれは決して恥ずかしいことではありません。また一方で自己限界のメンタル不全に陥っても休職は出来ない、職場に迷惑がかかる、家族に申し訳が立たないと自責感にとらわれて自ら休職を希望されない場合もあり、この判断が正しいのかどうかは疑問です。どちらのケースであっても重要な点は「心身健康な状態をできるだけ早期に取り戻し再び元気に勤務が出来る状態に戻すこと」が治療上最優先であるということです。もちろん休職せずとも薬物療法と精神療法を行い症状が軽減緩和して勤務継続が可能な状態であれば休職する必要はありませんが、勤務継続が困難な状態であれば迅速に休職して自宅静養しながら通院加療や復職リハビリを行う必要があります。決してひとりで悩むことなくご家族や職場の上司や労務担当者や産業医や産業保健スタッフに相談されて、ご自身の勤務限界を感じる前に出来るだけ早期に症状がまだ軽微なうちに精神科医療機関を受診すべきであると思います。

ページの先頭へ移動

「うつ状態」というのは気分が落ち込む、物事への興味や関心がない、生活や活動の意欲がない、考えがまとまらない、不安で落ち着かない、などといった主に大脳の前頭葉の活動の低下した状態で「症状」と考えるとわかりやすいと思います。一方「うつ病」は「うつ状態」が明らかに存在し国際標準の「うつ病」の診断基準を十分に満たしていて、かつその他の精神疾患や身体疾患をすべて除外診断してはじめて診断がつく「病名」です。つまり「症状」と「病名」の違いです。内科の病気で例えれば「胃もたれ」と「慢性胃炎」のような関係です。また「うつ状態」を呈する精神疾患は非常に数多くあり「うつ状態」と書かれた診断書だけでは病名を特定することは出来ません。これで企業の人事労務担当者や産業医の先生方も病態が理解できず非常に困ることが多いでしょう。精神科医が患者さんに「うつですね」とか「うつ状態です」と病名を言わずに症状だけ告知するのは何らかの理由があるにしても非常に曖昧な表現であるので、当院では患者さんにはきちんと病名を告知して病気の理解を得ていただいた上で治療を開始するように心がけています。

ページの先頭へ移動

東日本大震災に被災された皆様には心よりご冥福とお見舞いを申し上げます。3月11日の震災から1ヶ月以上経過しましたが未だに余震が続きまた大きな地震が起こるのではないかという不安感や放射能問題は大丈夫なのかという不安感をお持ちの方がおられると思います。またその影響で夜の睡眠も寝付きが悪い、眠りが浅い、夜中に何度か起きる、朝早く目が覚めるといった典型的な不眠状態になられている方も多くいらっしゃると思います。また余震が多いため船酔いのように内耳の三半規管の異常が起こり地震酔いが抜けなくて日々悩んでいる方も多いことでしょう。このように不安、不眠、身体不定愁訴(めまい、頭痛、吐き気、胃もたれ、動悸、下痢、全身倦怠感等)が長く続くと、うつ状態に発展する場合もあり、日々の日常生活の中での気分転換や心の安らぐ生活環境や安心できる対人関係を自分で意識して作っていくことが症状改善のために必要であると思います。それでもどうしても症状が改善しない場合は不安、不眠、うつの治療を心療内科で迅速に行い必要最低限の薬物療法と個別の性格特性に合わせた精神療法で本来の自分自身を1日も早く取り戻して心身共に健康に暮らしていけるようにすることが重要であると思います。

ページの先頭へ移動

通勤の満員電車や人が多い閉鎖空間、オフィスや学校の教室等で最初は食事前で空腹でお腹が鳴ることが恥ずかしい、少しお腹が動いてガスや便意がありそれを少し我慢する程度のことであったのに、それを意識する時間の経過で徐々に症状がエスカレートし自分が意識した苦手な場所で腹痛が起こり、ガスや便を公衆の場で失禁してしまうのではないかという恐怖感に悩むことがあります。このため苦手な場所を避けて通勤電車を途中下車したり(回避行動)、そこでまたガスや下痢発作が起きたらどうしようと悩む(予期不安)が起こり、日常社会生活に支障を来してしまうことがあります。これは「過敏性腸症候群」という腸管運動の機能異常の病気です。脳内のメカニズムはパニック障害と非常に似た動態になっていて大脳扁桃体の過敏反応から脳幹の青斑核を経由して自律神経発作が起こり、その対象臓器が大腸であるわけです。治療は脳の過敏反応を抑えて大腸の過敏反応を抑えるというダブルターゲットの治療になりますが、男性であれば治療専門薬のイリボーは保険適応の薬です。女性の場合はイリボーが保険適応ではないので脳と大腸の過敏を押さえる薬をそれぞれ使い、結果的にダブルターゲットの治療にします。男性でも症状が強い場合は多剤併用になる場合があります。ただし苦手な場面でなくても終日慢性的に腹痛や下痢発作がみられる、血便や発熱を伴っている、腹痛が排便後に軽快しない、体重減少があるというような場合は消化器内科での精密検査(大腸内視鏡検査)を行う必要があります。確率は低いですが腸管の器質疾患である「潰瘍性大腸炎」や「クローン病」が見つかる場合があり、この場合は消化器内科で専門治療を行わないと問題は解決しません。過敏性腸症候群は先の述べたとおり薬物療法も大切ですが発症原因が腸管過敏だけではなく元来の不安を感じやすい性格や現実生活のストレスが非常に関与しているのでこの社会的ストレスを減らし心理面の不安感や考え方を整理していくことが心療内科における治療においては重要になってくると思います。

ページの先頭へ移動

学生時代に授業中に国語の朗読や音楽の独唱をしーんとした教室で先生や同級生が耳を澄ます中で行ったことはありますか?元々目立ちたがり屋や社交的な性格で喜び勇んでうまく出来た方もいらっしゃると思いますが、先生に急に指されて緊張しすぎたり胸がドキドキしたり手足がふるえて声がうわずってしまい非常に恥ずかしい思いをした方もいらっしゃると思います。このような失敗体験も「学生時代の淡い想い出」になっていれば良いのですが、その後も人前での発言機会で緊張がひどく職場や学校で日々困っている方がいらっしゃると思います。「自分はもともと気が弱いんだ・・・」と性格の問題にしている方もいますが、苦手意識を持つ好まない状況での言動の緊張感は誰にでもあるものです(正常反応)。ただし苦手な環境下で手足がぶるぶる震える、声が震えてうまく発言できない、心臓がバクバクして頭が真っ白になる・・・このような強い緊張感やパニック症状を呈する場合は「社会不安障害(対人緊張症)」を疑う必要があります。この場合は「性格の問題」ではなく「大脳扁桃体(人間の不安や恐怖をつかさどる中枢)の過敏状態」を呈していて、失敗体験や恐怖体験をきっかけに苦手な状況下に遭遇すると簡単にパチンとスイッチが入り自律神経発作が起こるようになってしまったのです。これは「脳の代謝異常の病気」です。また職場で電話を受けることが出来ない、人前で字を書くと手が震えてしまい困る(書痙)、喫茶店やレストランでコーヒーカップを持つと手が震えてコーヒーをこぼしてしまう・・・健康な人から見たらまさか?と思うような症状ですが、これらの症状をお持ちの方も同様に非常につらくて日々の生活にとても悩んでいます。心療内科の受診には抵抗があるかもしれませんが、病気や治療の内容をわかりやすく説明してくれる精神科専門医に受診されることをお勧めいたします。

ページの先頭へ移動

みなさんはパニックになったことはありますか?日常生活の中でもお財布を落としてしまったり家の鍵や携帯電話をなくしてしまったり非常にあわててしまい思考が混乱して胸がどきどきしたり冷や汗が出て部屋の中を訳もなく歩いてしまったり中にはショックのあまり貧血で倒れてしまったり過呼吸になってしまう方もいらっしゃるかもしれません。このような状態は精神医学的にはパニック状態というのですが、パニック発作が1回あったから即パニック発作と診断がつくわけではありません。根拠のある原因に基づいてパニック発作を起こすことは正常な生体防御反応(正常)です。これに対して何も根拠がなくいつでもどこでも時や場所を選ばずに頻回にパニック発作を起こすものをパニック障害といいます。また特定の場所(満員電車や車の渋滞や閉鎖空間や人混みや身動きのできない映画館や美容院等)においてのみパニック発作を頻回に起こすものをパニック発作を伴う広場恐怖症(狭義のパニック障害)といいます。この場合回避行動(苦手な場所を自分から避ける)や予期不安(またここで発作が起きたらどうしようと不安になる)を伴うことが多いです。またパニック発作があってもパニック障害ではない精神科関連疾患の2次的な症状としてみられるケースも多く安易な診断は治療の方向性を見失います。パニック障害は精神科専門医がきちんと鑑別診断して学会や研究班のガイドラインに則した我流ではないきちんとした治療内容を患者さんにわかりやすく説明して安全に提供することが精神科医療機関の責務であると思います。

ページの先頭へ移動

就労者が職場内の問題でメンタル不全に陥る場合、過剰労務、労務内容のストレス、対人関係のストレスのいずれかあるいはそれらが複合したものに起因することが多いとすでにこのブログで書きましたが、職場環境調整だけではメンタル不全の発症メカニズの問題を解決できない場合もあります。正確にメンタル不全の発症メカニズムを把握して今後の治療や再発予防を検討していくには、元来患者さんご本人のストレス脆弱性つまり性格、人格、発達等の個人特性を持っているかどうか、またメンタル不全に陥る精神科関連疾患や身体疾患や嗜癖問題等を持っているかどうかを十分に確認する必要があります。職場、本人、疾患、これら3つの関わりを総合的に把握してメンタル不全の発症メカニズムを分析し治療や復職を成功させるには初診時診察で時間をかけた問診による診断精度が要求されます。うつ状態の心理検査も補助診断として初診時の状態像の把握や治療経過中や治療後の病状回復程度を測定する指標として有用ですが、これに頼った初期診断をすることは問題があります。心療内科や精神科で適正に診断をするということは各種状態像(症状)を確認して診断基準を軸に慎重に鑑別診断を行うだけではなく、その患者さん自身の本来の個人特性や生活のバックボーンを主治医が十分に把握した上で精神医学の基本原則に従いながらきちんと治療内容に反映させていくことが非常に重要であると思われます。

ページの先頭へ移動

平成23年から職場の定期健診に加えて精神的なストレス確認項目が追加される動きがあります。厚生労働省の「職場におけるメンタルヘルス対策検討会」において報告書がまとめられ労政審安全衛生分科会で具体的に審議される方針です。その内容は一般定期健康診断に併せてストレスに関する労働者の症状や不調(不眠、不安、うつ状態、食欲低下等)を産業医が確認し、必要があれば個別に産業医と面接し精神科専門医への受診指導や労働者本人の許可を得た上で事業者に対して職場環境調整を意見する仕組みです。産業医から精神科医療機関に受診を勧められた場合に産業医の紹介あるいは労働者本人が医療機関を探すことになるので今後精神科医療機関の役割は増えていきますが今以上に精神科主治医と産業医との連携協力や情報交換が必要になってきます。それに十分に応えうる産業メンタルヘルスに精通した精神科医療機関が今後全国的に増えていくことを期待しています。

ページの先頭へ移動

メンタル不全の発症原因のひとつに職場の業務内容のストレスがあります。たとえば新人社員であれば学生時代の生活スタイルからの著しい環境変化、社会人としてのミスや甘えの許されない正確な業務処理を迅速に要求される労務内容、業務内容に十分に精通していない中での業務課題の増加や業務難易度の上昇等、新人社員の就労上の環境変化や業務内容変化でメンタル不全に陥るケースが現代の若年層では少なくないように思います。また一般社員であっても職場の異動、転勤、出向、昇格、降格、単身赴任、海外赴任、会社の吸収合併に伴う業務内容の大幅な変化、会社の業績不振によるリストラに伴う残留職員に対する業務負担の集中化、メンタル不全で休職した同僚や部下の業務内容も兼務する業務負担、プレイングマネージャーやチームリーダーによく見受けられる自己負担業務に加えた部下の管理業務負担等、例を挙げればきりがありませんが様々な業務内容のストレスでメンタル不全に陥るケースがありこれも冷静に客観的に業務内容や業務負荷を分析し、心療内科で適正診断と適正治療を行うだけでなく職場の人事労務担当者や産業医に自ら相談していくことが重要であると思います。また元来のご本人のストレス耐性や性格傾向も発症に絡んでいた場合もありこの点もきちんと見極めながら主治医と産業医が連携しながら再発防止対策を組んでいく必要があります。

ページの先頭へ移動